shallow sleep

眩しい。
それが最初に感じたことだった。
目を閉じているのになお、瞼の裏で暴れまわる強烈な光たち。
思わず眉間に力を入れる。
うるさいほどに瞬くその金色が、ふっと遠ざかる。
つられるように、思わず目を開ける。
「…!」

彼≠ェ笑っていた。


***


「う…ん?」
カーテンの隙間から差し込んだ朝日が、真っ直ぐ顔に当たっていた。
アッシュはその眩しさに目を細め、ふっと息を吐く。
「…このせいか…?」
夢を見た。酷く眩しい夢を。
いや、夢というよりも…あれは記憶というべきだろうか。
ベッドから足を下ろし、大きく伸びをする。
(久々の休暇とはいえ…寝すぎたな)
ファブレ公爵邸で与えられた、自室。
カーテンの向こう側には青空と、綺麗に刈り込まれた植木が覗いている。
今日は子爵としての公務もない。特に予定も入れていない。
少しぐらい寝過ごしても問題はないのだが、いつも日の出と同じような時間に起きていると数時間の差であっても半日寝ていたかのような気分になってしまう。
カーテンを開けようとして、ふと手を止めた。
廊下を歩く気配。
さすがに朝食の時間を過ぎそうだと起こしに来たのだろう。
少し考えて、カーテンを閉め切る。
再びベッドに潜り込むと、寝たふりを決め込んだ。
部屋の鍵はかけていない。
真っ直ぐこの部屋を目指してくる、それが誰だかわかっているからだ。
(一年以上経ったのか…)
目を閉じて思うのは、痛いほどの光に包まれた夢の続き。


***


お前は誰だと、問いかけようとしたのに声が出ない。
ビリビリと痺れ、言うことを聞かない身体を無理やり起こす。
見たこともない場所。
渦巻く光の中でじっとこちらを見ている、その姿がどこか自分に似ているように思えて、頭の中に答えがフッと現れる。
(ローレライ、か…)
光の中に浮かぶ、その口元がまたニヤリと笑みの形に歪む。
しかし、その傍らに居るのは…
「…おい」
ようやく、声が出た。
「おい!…聞こえてるなら答えろ!」
顔にまとわりつく髪を押さえて叫ぶ。
ローレライの横に身じろぎもせず立ち尽くしているのは、間違いなくルークだった。
手を伸ばせば届きそうな距離に居るのに、聞こえていないのだろうか。
完全同位体という稀有な存在であるおかげか、声は届かなくとも直接呼びかけることすら出来たはずなのに。
瞬きすらしない。焦点の合わない目。
その輪郭はこころなしかぼやけていて、存在そのものが不安定で儚くなっているのを感じる。
(第七音素の解離が…始まっているのか?)
まるで人形のように、表情の抜け落ちた顔。
うつろな瞳。
ローレライが、そっとその頭に手を置いた。
【あまり揺さぶってやるな…本来ならもう消えていてもおかしくない状態なのだから】
これまであったように、その声は直接耳の奥で響いた。
「そいつに何をした?それに何故、俺が生きている?」
記憶は、エルドラントの地下で途切れている。
この身体に突き立った剣の冷たさまで、まだありありと思い出せるというのに。
それから何があったのだろう。
【生も死も関係がない。お前も感じているだろう、ここは…ただ第七音素にのみ許された世界だからだ】
ひどくノイズ交じりに聞こえる言葉。
【このまま私と共に行くか?それとも…】
どこまでも余裕のある口調に、だんだん腹が立ってくる。
ローレライを、全てを飲み込もうとする光の渦を、強く睨みつける。
「どいつもこいつも勝手なことばかり言いやがって…」
これだけ強力な力を持ってすれば、こんな意識の欠片すら持たせることもなく自分たちを取り込むのはたやすいことだろう。
それなのに、あえて条件を突きつけ、選び取らせようとする。
何かで縛り付けられたかのように重い身体。指先を少し動かすだけで、四肢がばらばらになりそうな痛みが走る。
それはきっと、この身体がローレライやルークと同じ、第七音素そのものだからなのだろう。
視線を横にずらすと、ルークの体は淡く光っているようにも見えた。
それは自分の鼓動に同調して瞬く。
「聞こえてるはずだぞ」
声を絞り出す。
「お前は俺のレプリカなんだろう。もうちょっと根性見せやがれ!」
しかし、徐々に光は薄れ、消えようとしている。
ルークがゆっくりと目を閉じた。
【そう、お前のレプリカだったな】
まるで幼子にするように、ローレライがその髪を撫でる。
【人の愚かな所業により引き裂かれた悲しき存在よ。それでは…】
あるべき姿に戻るがいい。
ローレライが笑った。
「ふざけるなっ!」
全力で叫んだつもりでも、反響もないこの空間ではその声が発せられたかどうかさえもうわからない。
目を閉じたまま、一歩進み出るルーク。
ゆっくりと伸ばされたその指先が、自分の頬に触れる。
暖かさも冷たさも感じない。それでも、何かが…ルーク≠ェ、自分の中に流れ込んでくる。
一つになる。
そう思った瞬間、体中に走ったのは激しい拒絶感だった。
あいつは俺じゃない。
そんなこと、望んではいない。
オリジナルとか、レプリカとか、もうそんなことどうだっていいのだ。
「来るんじゃねえ!」
どっちも本物だと。
俺たちはもう違う存在なのだと。
「…そう言ったのはお前だろうが、『ルーク』!」
驚いたような顔で、ルークがハッと目を開ける。
光が弾けた。
頭の奥で響いた声は、激しい第七音素の流れにかき消されて聞き取れない。
力を込めて伸ばした腕が、ようやくルークの手に届く。
眩しい世界の中。

彼≠ェ笑っていた。


***


「あれ?開いてるのか…?」
ノックの音のしばらく後で、戸惑ったような声がした。
溜息をひとつ。
どうやら寝たふりのつもりが、本当にまどろんでいたらしい。
「アッシュ…?」
ベッドの傍に近づいてくる足音。
そのまま目を閉じていると、彼は――――ルークは息を殺して笑う。
「起っきろーー!」
「!?」
揺り起こすのだろうという予想に反して、ガバッとベッドに倒れこんできた。
その衝撃に、堪らず跳ね起きる。
「へへへ、珍しいな、アッシュが気づかないなんて」
すぐ横で、自分とうり二つの顔が、悪戯に成功した子供のように得意げに笑っている。
(気づいてた…と言っても負け惜しみだろうな、この状況では)
寝癖が、と言って伸ばされてきた指先に触れる。
何も言わずにその暖かい掌を握り返すと、驚いたように目を瞬いた。
「お前はいつも寝坊だろう、ルーク」
わざと、皮肉を含んだ口調で返す。
口にしたその名前の響きに、遠い昔を思い出した。
ダアトで暮らすことがどうしても納得いかず、バチカルの屋敷に忍んで行ったときのことだ。
目にしたものに愕然とした。
自分ではない存在が、それまで自分に与えられていた名前で呼ばれていた。
自分のものであったはずの部屋、人々の笑顔。
その中心にいるのは、自分と同じ顔をした偽物なんだと思い続けていた。
「アッシュ?」
その頬に触れる。
存在を確かめるように。
でも、ここにいるのは違う。
偽物ではない。
そう、名前なんてどうでもよかった。
「…どうした?」
ルークは目の前で不思議な表情をする。
「いや、その…何だろ。アッシュに名前呼ばれると、なんか嬉しくってさ」
何か他にも言いたいことがありそうだったが、気づかない振りをして名前を呼んでやる。
「ルーク?」
そう、お前がルーク。俺がアッシュ。
それでいい。
「…えへへ…」
ふと、夢の続きがまた頭を過ぎった。
「おはよう、アッシュ」
「…ああ、おはよう」

それはこんな笑顔と共に、この現在まで続いている。




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